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これって正しい英語?"The dessert eats well."

あるイギリス人料理評論家がデザートを評して、

It looks very pretty, but it doesn't eat very well.

といっているのを聞いてどきっとした。動詞eatがこんな風に使われているのはみたことがなかったからだ。こういうフレキシビリティを持つ動詞が多くあることは知っている。readなどがその典型だ。"I've read the article."とも"The article reads as follows..."とも使える。しかし、eatでそれをやっていいのだろうか。気になったので、Stack Exchangeできいてみた。

grammaticality - Can you say "the dessert eats well"? - English Language Learners Stack Exchange

さっそく、いくつかよい回答が得られた。短くまとめると、「文法的に間違っているわけではないが、使用はおすすめできない。これは正に料理評論家が使いそうな気取った言い回しだ」ということだ。また、ワイン評論家が"the wine doesn't drink well"といっている例があるとも教えてもらった。

The question asks well.

[数学クイズ]チキンの値段

テレンス・タオが「息子のいる数学同好会で、驚くほど難しい問題がだされていたよ」と数学クイズを紹介しているのをおもしろく読んだ。*1

問題は次の通り。たしかに難しい。

3人の酪農家が、ローカルマーケットでチキンを売ろうとしていた。ひとりは10羽、もうひとりは16羽、最後のひとりは26羽のチキンをそれぞれ売ることにしていた。3人は、お互いに競合しないよう、同じ値段で売ることにした。しかし、午前中の売上が芳しくなかったので、午後は値段を3人で同じだけ下げて売ることにした。日が暮れるまでに、3人のすべてのチキンが完売した。そしてチキンの売上は、3人とも同額の35ドルであることがわかった。チキンの午前中の値段と午後の値段はそれぞれいくらだったのでしょうか。(ただし値段は正の値をもち、かつ、その最小単位はセント(1/100ドル)であるとせよ。)

お互いを数字で呼び合う会議

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イギリス空軍のアクロバット飛行チーム「レッドアローズ」に関するドキュメンタリー*1を見た。 ひとつへぇと思ったのは、ミーティングで使われている心理トリック。 飛行訓練後に行われる反省会は、個々の弱点が分析され改善への方策が話し合われる場所だが、 そこでは感情的な衝突を避けるためにお互いを名前ではなく数字(機体番号)で呼び合うという。

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なるほど。でも、本当に、数字で呼び合うことは冷静さを保つのに貢献するのだろうか。それを示す研究はあるのだろうか。疑問に思ったので、Stack ExchangeのCognitive Sciences板で質問してみた。

social psychology - Does referring to each other by number in group meetings lead to better results? - Cognitive Sciences Stack Exchange

質問の投稿から一ヶ月たつが、満足のいく回答はいまだ得られていない。*2

*1:http://www.bbc.co.uk/programmes/b04cg6pd

*2:Cognitive Sciences板はまだBeta版で、ひとが少ないようだ。

タイラー・コーエン「紙幣の廃止は簡単か?」

物理的なお金(紙幣)をなくして電子マネーに移行しましょうという議論がある。主なベネフィットとしては、(1)政策金利の下限(=ゼロ)を取っ払えるので*1、不況下での金融政策をより大胆に行えるようになる、(2)現金で担保されていた匿名性を排除できるので、脱税行為や違法ビジネスの取り締まりが容易になる、などが挙げられる。(もちろん、匿名で金銭の授受を行う手段を持つことは国民の権利として認められるべきかなどという点については十分な論議が必要で、技術的困難をさておいても、ことはそう簡単ではないだろう。)

以下は、「で、とりあえずそれをやることになったとして、どうやるの?」ということを綴った、タイラー・コーエンによるエッセイの翻訳です。

元記事は:"How easily can we eliminate paper currency?"


紙幣の廃止は簡単か?

ケネス・ロゴフはやるべきだと言っている。マイルス・キンボールもこれについては精力的に書いている。ウィレム・バウターもしかり。

しかし、やるとしてもどうやって?(マイルスが書いた、かなり具体的な移行方法についての記事はこちら。)仮に、人が死んだらその人の持っていた紙幣を没収して、もう二度と流通させないようにするとしよう。すると短期的に紙幣への需要が増えてしまうが、これはまさに紙幣を減らそうとしている我々の望まざるところである。

代替案として、紙幣を持っている人に陰に陽に税を課すことが考えられる。例えば、宝くじの要領で紙幣のシリアルナンバーを抽選して、該当する紙幣をただちに無価値にしてしまうことにしよう。すると、人々はこぞってお金を使うようになり、紙幣の流通速度が上がる。でも、紙幣はなくなりはしない。政策担当者は紙幣の価値がゼロになるようにと、流通速度をどんどん上げるよう努めるだろう。結果としては、物価が跳ね上がるか、あるいは代わりに、紙幣がマネーサプライやその他の指標とは無関係の独立した価格を獲得するようになるだろう。前者は好ましくないが、後者はよい結果をもたらす。なぜなら、もし紙幣が独立した価格を持ったなら、いかなるマクロ経済学的見地から考えても、もうそれは排除する必要がなくなったということだ。紙幣に値段をつけるのは、それをなくそうとするより優れているし簡単である。

さらに別のシナリオとして、これはランドール・クロツナーと私がかなり前にまとめたシナリオであるが、紙幣を消滅に向けて進化させるやり方がある。どういう風にかというと、支払いに使える電子的媒体などの、より利率が高くてより便利な資産に徐々に置き換えていくのだ。この方法は、紙幣の質が転換することで引き起こされる諸問題を回避することができるが、完了するまでに長い時間がかかる。なお、米国のマネーサプライに占める現金通貨の割合は、近年どちらかといえば増加してきている。

ロゴフは、手始めに大きな額面の紙幣を廃止することを提唱している。私はこれに反対ではないが、もちろんこれだけでは紙幣をなくすことはできない。また、とても少量のしみったれた資産 ── 少額の紙幣 ── に我々のねぐらを牛耳られ("rule the roost")てしまう危険性すらある。あのケインズ本の第17章(訳注:→山形浩生による要約)から導かれるように。

いったん紙幣が流通したあとにそれを無理なく廃止するのは難しい。変な風に「ねぐらを牛耳られ」る危険性も考慮すればなおのことだ。紙幣をなくすのは連続性を断ち切る大きな出来事であり、結果として、我々のねぐらにも不連続な変化を引き起こすことになるだろう。

*1:といっても、欧州中央銀行は今回それをやったわけで、現状でもできないことではない。しかし、人々が銀行預金を引き出して現金に逃避する道を現状では塞ぐことができない、というのが問題なのだと思う。