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音を「高い」と形容するのはなぜだろう?

なぜ我々は音の高さを“高さ”で形容するのだろう?

伝わらないな。言い直そう。音の周波数(pitch)の多寡を語るのに、空間的な上下を表す「高い/低い」という言葉を用いるのはなぜなんだろうか。そして、それをとても自然なことのように感じるのは。

これは文化や母語によらず、人類に共通したことなのだろうか。私が知る限りそうだ。(だから不思議なんだ。)でも、本当にそうなんだろうか?

同じ波であるところの光についてはどうか。人間は周波数の違う光に“相(aspect)”の差を感じることができる。だから特定の周波数帯に対して「赤い」、「青い」等の形容詞が(文化ごとに異なる発達をして)存在する。

一方で、音の周波数の違いは“度(degree)”の違いとしてしか認識されない(絶対音感を持たない多くの人にとっては)。だからそこには、1次元の形容詞が適用されるべきだ。さて、なにを選ぼう。候補はいくらでもある:「太い/細い」、「熱い/冷たい」、「明るい/暗い」、「硬い/軟らかい」などなど。「高い/低い」を採用するにしたって、周波数の大きい方を「低い」、小さい方を「高い」とあべこべに呼んだっていいんだ。あるいは、これが一番自然なことかも知れないが、特有の形容詞を発明するのも合理的だ。「ぺこい/ぽこい」とか。もちろん、これらの取り決めは文化圏ごとに異なっていてよろしい。

と、いろんな選択肢がありえたようにみえても、実は選択の余地なんてなかったんだろう。だって、高い音を聞いたら実際「高い」って感じるじゃないか!


以下はメモ:

  • HRAFはヒントを与えてくれるだろうか。
  • ラマチャンドランの本に答えがバッチリ載っていたりしないだろうか。
  • 聴覚を持たない人が「音には“高さ”があります」と説明を受けたときに、なにを思うのか訊いてみたい。
  • ドリトル先生になって、このことについていろんな生物と議論をしたい。
  • 人間は光を1“オクターブ”しか見ていない。もし、光を10“オクターブ”認識できる生物がいたら、彼は周波数の大きい光を「高い」というだろうか?
  • 身分が「高い」、気品が「高い」等の表現にも同じ疑問を持つことはできるが、これはあまりおもしろくない。音ほどプリミティブではないから。